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外交会見 -子之刻-

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No.857:【夜空と桜】 27国:能勢摂津守頼次 15/04/13/月 00:08:11
戦国動乱子之刻最終巻が終わったので御座いますね。
みなさま、挨拶が遅れましたがお疲れ様で御座いました。

動乱の果ての夜空に輝いたのは、月でも太陽でもなく、星たちで御座いました。
統一なされた方々にはお祝いを申し上げます。
また、勝利とは縁がなくともそれぞれみなさま躍動されておられました。
動乱百韻が完成したことも嬉しく思います。おめでとう御座います。

みなさまお疲れ様で御座いました。

そして、
素晴らしい仲間の皆様、本当に、本当に、感謝しています。
お疲れ様でした。
みなで天下を獲るという目標に届かず、誠に申し訳御座いません。
返しきれなかった感謝の思いとともう会えなくなる寂しさが募り続けております。

酉之刻も終わりを迎えて、桜も散りつつあります。
覚悟していた終焉が本当に訪れてしまいました。

此処に至るまでまさに言葉に出来ない心情であったとしか表現できません。

ともかく、もうここで言葉を発することさえ出来なくなります。
これまでの感謝の気持ちだけでも伝えさせていただきたく、場所をお借り致しました。
本当に有難う御座いました。


能勢摂津守頼次



PLとしての会見をするつもりで最後の子之刻に参加しましたが
いざ終わってみると、想いが強すぎてまともにまとめられなくなっています。
もし可能であればまた御挨拶させていただきたいのですが
時間切れになる可能性もあるので、まずは今回のキャラからの会見をさせていただきました。

ふぁすとさんをはじめとする歴代運営側のみなさま、本当に有難う御座いました。
そして、これまで出会った参加者のみなさま、本当に有難う御座いました。

いつも思いを込めて綴ってきたこの言葉を、
一番の思いを込めて、
みなさんに、そして戦国動乱に、、、


また、いつか、どこかで。

No.856:【お疲れ様でした】 16国:織田信雄 15/04/12/日 17:41:59
おまけ刻が 終了しました

これで、本当に終わり・・・
感慨深いものがあります。

長い間 お疲れ様でした

追伸 里村殿・・・日付間違えてますよ
   現世は平成二十七年です
   
   突っ込み失礼しました。

No.855:【戦国動乱百韻完成披露】 49国:里村 紹巴 15/03/31/火 00:08:46
49国掲示板の戦国動乱百韻が完成したことをご報告いたします。
ご参加・応援くださった皆様に、この場を借りて厚くお礼申しあげます。
戦国動乱の神へ、17年分の感謝をこめて、この百韻連歌を奉納いたします。
  
≪戦国動乱百韻≫
賦何戦連歌
平成二十五年三月三十一日 於戦国動乱子之刻最終巻

001 刻は今まなこ血走る殺気哉      紹巴
002 皆技まさる庭の冬山         紹巴
003 花落つる時の流れをせきとめて    紹巴
004 風に想いを吹き送る暮れ       紹巴
005 除夜も猶鐘のひびきや冴えぬらん   紹巴
006 鍵盤枕に有明の霜          紹巴
007 うらがれになりぬる草を踏み進む   紹巴
008 聞きなれにたる野辺送りの詞     紹巴

009 夢は只懐かしき方に行きかへり    紹巴
010 己の朝駆け夕ぐれ軍議        紹巴
011 立ちつづく松の伏兵ふかからん    紹巴
012 波のまがひの入海の城        紹巴
013 漕ぎかへる水軍の舟の跡遠み     紹巴
014 隔たりぬるも友千鳥吠ゆ       紹巴
015 しばらくは嵐の前の静まりて     紹巴
016 ただよう気配はいずこなるらん    紹巴
017 人は飽き飽きの最中の夜半の人    紹巴
018 それとばかりの声おろかなり     紹巴
019 たたく戸の答へに血ふる袖の露    紹巴
020 我より先に誰落ちるらん       紹巴
021 従順な気配ならぬは妬まれて     紹巴
022 といひかくいひひそむしずけさ    頼次

023 度々の化のものはいかにせん     紹巴
024 たのみがたきはねおちの御山     頼次
025 雑談場おもはぬ方にいざなわれ    紹巴
026 心尋ぬる君ほととぎす        元康
027 城の戸を使者の返事でしめ置きて   頼次
028 敵も味方も堪えやらぬ影       氏郷
029 待つ人に光添えたる言伝い      紹巴
030 あやかしかこふ奥州の寺       紹巴
031 かすかなる当たりを頼りに道ゆきて  氏郷
032 うら若き娘の衣手の月        氏郷
033 戦場のみだるる露や慈雨ならん    紹巴
034 たわわになびく稲穂刈る鎌      紹巴
035 秋色に染まる羽振り舞ふ胡蝶     氏郷
036 にぎりも深く魂をこめたる      頼次

037 くれた文達筆ながら片よりて     紹巴
038 信じて神の渡る薄氷         信雄
039 おもいびと今宵も文をかわすらむ   氏郷
040 みだれるこころかくす草原      氏郷
041 おぼろ雲よりそうひとはたおやかで  氏郷
042 とほくにのこる住ゐ寂しも      頼次
043 とふ人も答えぬままに引きこもり   紹巴
044 心のうちに秘めた恨み火       紹巴
045 たえまなく頼みかけたる戦かな    信雄
046 渡るに難き夜は明石がた       紹巴
047 君はただ海にたたずむせはかなし   氏郷
048 所々にちる名残雪          頼次
049 百韻を花の春迄貫きて        紹巴
050 団居いて進む霞の衣         信雄

051 わがとける夢はさかさに落ちるなり  道鬼
052 ししも降り立つ国のはざまに     道鬼
053 父の背に重ね詫びたる小夜更けて   紹巴
054 心新たにおもひ歩かん        信雄
055 朝からの文に染めたる藍深し     頼次
056 説きたる兵は危機分かつ友      秀高
057 さかしらに時を待ちつつ出でぬ国   紹巴
058 心ありけり日々のいとなみ      紹巴
059 行く行くともの思う夜も霧晴れず   秀高
060 月のおぼろに一筋の道        信雄
061 紅葉にてくくる龍田の峰嵐      紹巴
062 弓弦きびしき勝どきの声       紹巴
063 愛遠き逢も哀に住み馴れて      信長
064 捨てしうき身もほだされまいぞ    紹巴

065 世の中の行きつく末を思ひやり    紹巴
066 猶永かれと祈りかなうや       秀高
067 ちりぎわに笑みでかわした杯は    道鬼
068 わかれて今朝はあふ坂の関      紹巴
069 終なるをけふはあすかの糧となる   光秀
070 ひとりながむる北辰の星       紹巴
071 爰かしこ流るる水の清らかに     紹巴
072 集いてまどう蛍の光         信雄
073 村雨の後に夢幻の霧立ちぬ      紹巴
074 つゆかと惑い鳴くの蛙さ       秀高
075 宿敵の籠る陣所を射尽くす音     幸村
076 刻より刻に移る魂          紹巴
077 朝霞薄き縁の重なりて        紹巴
078 引きよせられし群雲の空       紹巴

079 出でみれば波風に乗るはぐれ船    紹巴
080 めぐる時代の遠き浦々        紹巴
081 蘆刈りし跡を照らすは入日影     紹巴
082 伏兵どもの鴫のものまね       幸村
083 蹄あと水無き田の面冬過ぎて     幸村
084 かたぶく笘に鼠逃げ行く       紹巴
085 月みえるうちに夢あり絹衣      幸村
086 寝るをも惜しむ友の語らい      信雄
087 しづまらば更けて討つとの契りにて  幸村
088 西に東に陣の通い路         光秀
089 埋みつる骨の欠片を砕く音      紹巴
090 空堀登る石垣の苔          幸村
091 巌山千代も知りたるとばかりに    頼次
092 翁持つ槍錆びぬ武器蔵        幸村

093 明くる迄霜よの見張り凛として    幸村
094 とりどりにしも鬨の声添ふ      紹巴
095 実り成す東風吹く里香時は今     光秀
096 弓手ただち射騎馬武者はしれ     幸村
097 勇むれど成すすべ無しに見送る夜   光秀
098 討ち取られしも笑みて相伴      紹巴
099 天下知る色艶ほのか宵桜       光秀
100 人々は猶のどかなるころ       紹巴

信長 1句 08国織田信長殿
元康 1句 10国松平元康殿
信雄 7句 16国織田信雄殿
氏郷 8句 22国蒲生氏郷殿(改名前)
道鬼 3句 22国道鬼殿(改名後)
秀高 4句 24国宇喜多秀高殿
頼次 8句 27国能勢摂津守頼次殿
幸村 9句 36国真田幸村殿
光秀 5句 45国明智光秀殿
紹巴 54句 49国里村紹巴

No.854:【妄想:三河物語 東方渡海】 45国:明智光秀 15/03/28/土 06:31:41
明智光秀「天下統一が成されてより幾年。私は出家して仏道に入ろうと思う。名は天海」

そう告げてから、どれだけの歳月が経っただろうか。世は秀忠殿の世として形を成していた。

6国 大久保殿は水戸藩を興すと共に、徳川家のご意見番となり、江戸城にその人ありと呼ばれている。
東国の雄 5国 井伊殿も仙台藩を興し、秀忠殿の片腕として辣腕を振るっている。
1国 帰蝶殿は弘前藩を興し、秋田藩を興した4国 服部殿と手を携えて蝦夷国開拓の任を与えられている。

7国 小早川殿は庄内藩を、8国 信長殿は宇都宮藩を、14国 真田信之殿は新発田藩を、15国 甲斐府中藩を、16国 信雄殿は
尾張藩を、3国 南部殿は南部藩を興した。

10国 松平殿は遠く渤海の地に向かったという伝説が残ってる。

東国諸将はそれぞれの国を藩として継承しつつ、江戸城内にて家老、老中などとして活躍著しい。


24国 宇喜多殿は小浜藩を、28国 毛利殿は宮津藩を、29国 黒田殿は福知山藩を、31国 麿殿は鳥取藩を、33国 加藤殿は高
松藩を興した。


中国陣営を率いた39国 結城殿は長州に封じられ、萩に城を置き、藩政に余念がない。
32国 黒田直之殿は姫路藩に、35国 水野殿は松江藩に、36国 幸村殿は岡山藩に、40国 直江殿は安芸広島藩に封じられた。

38国 大岩(旧長宗我部)殿は土佐藩に封じられる。

34国 清正殿は徳島藩を、37国 香宗我部殿は今治藩を興す。


41国 滝川殿は伊予松山藩を、42国 小弐殿は小倉藩を、43国 大友殿は北九州の要衝 福岡藩を興した。
44国 浅井殿は豊前の中津藩を興し、唐揚を名物としていく。
48国 島津殿は佐賀藩を、45国 明智は長子 光慶に跡を継がせ、鹿児島藩として。

47国 森殿は唐津藩を興すこととなる。

49国 里村殿は熊本藩を興し、また、その文化的業績を称えられ、大阪に屋敷を構えることとなる。その屋敷はその後、幾
多の秀才を輩出することとなり、後には文化、医療、薬事などの総合大学へと発展する。


各国諸将は戦国動乱の時代が統一され、平和の時代の中で、徳川の世に入っていく。


しかし。
天下統一直前まで手が届いた畿内陣営の面々はこれらの流れに乗らなかった。

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畿内陣営の面々は、徳川の世の中を窮屈に感じていた。
このまま小さな島国の中に居てよいものだろうかと。徳川はこのまま我らを敵視し、冷遇するのではないだろうかと。
ならば、いっそ、この大海に向かって漕ぎ出そうではないか。
補堕落渡海の苦行となるやもしれぬが、捨ててこそ浮かぶ背もあるのではないだろうか。

11国 豪姫殿、19国 小島殿、22国 道鬼殿、23国 九鬼殿、25国 細川殿、26国 三好殿、そして27国 能勢殿。

彼らは春或る日の払暁、紀伊の地より、南に向かって膨大な数の船を伴って出奔した。
目指すは蓬莱島。薩摩のその先、琉球という国のさらに先にあるという島を目指した。

旗艦は能勢殿が座乗する「五月の薫る花」号。船団は九鬼水軍の操船の見事さで順調に進んでいく。


ところが。
季節はずれの熱帯低気圧が発生し、なおかつ、沿岸後悔に長けた九鬼水軍ではあるが、遠洋航海での知識が少なく、船団は
翻弄される。辛くも暴風を乗り切ったとき、船団は自身の場所を把握できなくなっていた。

彷徨うこと幾ヶ月。船団はある程度まとまった諸島に到着した。ここが蓬莱島なのかと訝る一行に現地人はここをハワイ島
と呼んだ。ハワイ島は大族長カラニオプウに統治されてはいたが、島単位の統治にとどまっていた。
そこに歴戦の勇将相集う船団が加わることとなる。マウイ島の大族長カヘキリを討ち、カラニオプウの子、カメハメハの元、
ハワイ諸島は統一される。ハワイ王国の誕生である。

カメハメハ1世は畿内陣営の船団に対し、マウイ島の統治を願い出て、千代に八千代にと手を取って栄えてほしいと言った。
しかし、能勢殿率いるほとんどの者は首を縦に振らなかった。

この島の伝承に「東に大島あり。その先は知れず。あまりの大きさに目がくらむばかりなり」というものがあった。
能勢殿率いる船団はその場所こそ蓬莱島なのではないか。目指すべきだと考えたのだ。

ハワイの地で妻子を作り、骨を埋める覚悟を決めた者を残し、船団はハワイ王国と惜別のときを迎える。

徳川秀忠の統一から5年の歳月が経っていた。


船団は進む。幾多の困難を乗り越え、幾多の仲間を失いつつも、船団はついに大きな半島の根元にたどり着いた。
この地にも現地人がいた。彼らはトングヴァ族、モハベ族など複数の種族があり、漁猟採集の暮らしを行っていた。
彼らとの友好関係を確立した船団は、この地に王道楽土を築くことを決意する。
町を築き、その町を「羅府」と名づけた。数百年の後、ここは欧州列強から「ロサンゼルス」と呼ばれる場所となる。
その際も正式には「羅府」であり、北蓬莱大陸の西半分を領土とする蓬莱合藩国の首都となる。

彼らは羅府を中心に13の植民地を築き、その地盤を確立し、周辺諸族を取り込んでいった。


紀伊の地から出奔して20数年の歳月が流れ、世代も交代しつつある。植民地は順調に発展し、周辺諸族は大和の知恵を取り
込んで、急速に融合しつつある。
能勢殿は20数年経った今も壮健であった。あの激戦から20数年。あのとき、27国にて統一していたならば今はない。
あの1秒の差があったからこその今なのか。豪姫との間に設けた子供たちも元服を過ぎた。

今、かの国はどうなっているのだろうか。

能勢「誰かある!船団を用意せよ!大和の地に凱旋する!」

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彦左衛門「天下は、一人のものではない、皆のもの。。。か」


ドタドタ!ドタドタ!誰かが慌てて近づいてくる。

彦左衛門「なにやある!静かにいたせ!」

伝令(ひこにゃん)「大変にゃん!江戸湾に大船団がやってきたにゃん!」

彦左衛門「なんと!どこの水軍だ。天下泰平の世に大船団を江戸湾に入れるとは!」

伝令(ひこにゃん)「帆に描かれた紋は切り竹矢筈十字に酷似してるにゃん!」

彦左衛門「切り竹矢筈十字・・・。それは能勢家の家紋ではないか!」



新たな時代が明けようとしていた。

のかもしれない。きっとこの後は大久保殿辺りが何とかするかもしれません。しないかもしれません。

(勝手にいろいろといじりました。ごめんなさい。ごめんなさい。)

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大好きな大好きな戦国動乱が終わりました。あとどれくらいの間、余韻に浸れるのかわかりません。
酉おまけ刻がまだありますが、子の刻はもうありません。

戦国動乱に出会って、人生がものすごく変わりました。ふぁすとさんには感謝してもしきれません。

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまること
なし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。

私が紡いだ言葉は、そのどれかが誰かの言葉となり、その人の人生に影響を与えているのならば、長文過ぎて読んでもらえ
なかったことがあっても、戦国動乱で色々と私が書いたことは無駄じゃないと思います。
同時に皆さんの言葉に私は勇気付けられ、励まされ、力をもらいました。
どんな方々が居たんだろう。どんな年齢の、どんな地域の、どんな仕事の方ががいたんだろう。

動乱ロスがいつくるのかもわかりませんが、17年余りの歳月、人生に深く関わったサイトがあったことを忘れません。
関係した諸氏、もうネットでも会えないのだと思うと寂しい限りですが、どうかお元気でいてください。
敵、味方、さまざまに関わっていただき、本当にありがとうございました。

心よりの感謝を皆様に。
長い間、本当にありがとうございました。

水明

No.853:【用語集】 45国:明智光秀 15/03/28/土 06:29:46
東西連合:
畿内陣営の猛攻に対し、九州勢と東国(奥州北陸関東)勢が連合を組んで対抗したもの。野合。
熟練の域に達している畿内陣営、中国陣営に比べ、練度の点で難があったが、連携を重ねるごとに少しずつ練度を高めていった。
東西連合の強さは、強いていうならばその勢いだったろうか。畿内陣営のあまりの強さに、その対にある者たちが続々と集まってきた。
個々の強さでは負けたかもしれないが、集の強さというものがあるならば、その集の強さで押し切ったといえるだろうか。
精鋭陣営と結集陣営。どちらが正しいかはわからない。泥を食むようなしぶとさも一つの形であろうと思う。


畿内陣営:
中盤に形成された今刻最初の陣営。個々の力は非常に有能で、軍略も政略も極めて高い。何度落とされても復活し、ほんの少しの隙を
見せればあっという間に逆転される。東西連合で一度落とした際も潜伏後、確実に強くなって九州を落とした。
その轍を踏まないため、東国からの反撃の際はひとつずつ確実に落としていった。(また、複数を一挙に落とすというほどに練度が高
まってなかった)それでも最終盤、11国の元に主従入れ替えで鋭い錐のような体制を固め、東西連合をして恐怖させた。
さらには統一直前、27国は天下をもぎ取ったといっていい。ほんの1秒それが遅かっただけである。
どんな逆境からも這い上がり、その存在を見せ付ける強さ。それは動乱17年の歴史の結晶といっても良いと私は思う。
27国能勢殿の輝きは眩しいばかりだった。


中国陣営:
内部紛争に邪魔され、その真価を発揮しずらかったが、統一直前の動きは畿内陣営に劣らない強さを見せた。
この強さが中盤から磐石であったならば、東西連合は畿内、中国という桁外れに強く、一を言えば十を知る個々、連携速度の速さなど
に散々な結果に終わったことだろう。平凡たる我々には成し得ない古参の強さだろうか。
畿内陣営よりも少数だったかもしれないが、それを構成する個々は非常に個性豊かであり、それを纏め上げる苦労は並々ならぬ物があ
ったと思う。結城殿の存在なくしては中国陣営はなかっただろうと思う。


100ターン:
49国里村殿の提唱する100ターン構想に端を発し、それぞれが考える100ターンに細分化されていった。
途中から里村殿の意見とは異なるものとなり、東西連合、畿内陣営に広がり、中国陣営においてはアンチ100ターンと呼べるような考え
も興った。統一できる状態は中盤にも畿内で数回、東西連合でも1回あったが、そこに100ターン構想は深く関わった。
大事なテーマであったと思う。


戦国百韻:
49国里村殿が49国掲示板で今も続ける試み。今刻参加者の多くがその影響を受けた。酉おまけ刻が開催されたのも、戦国百韻が続行中
なのを利用している。派生として、今はもうないが、34国掲示板での前刻の天皇キャラでの歌詠みを継続しての自然発生の歌集という
ものもあった。誰もが戦国百韻を認め、確認していたと思う。その完成を願う。


会談チャットとIRC:
昨今の軍議の主流であった会談チャットであったが、往年のベテラン勢が多く参加した今刻ではIRCが復活した。
東西連合のみでなく、畿内、中国でもそうだったと聞く。東西連合においてはIRCは「副音声」と呼ばれ、雑談的な使われ方をしていた
が、会談チャット特有のROMによるスパイ行動を逆に利用しつつ、副音声にて語り合うという技なども使った。
新旧の会話機能ソフトの活用は興味深いものがある。


戦国動乱終了:
子の刻は今刻をもって終了する。酉はおまけ刻で終了する。
17年の歴史をもつ、稀有のサイトであると私は思う。最後の子の刻においては、統一できそうな際、統一をためらうことが多くあった。
少なくとも東西連合においてはそうであった。他の陣営はどうだろうか。私自身、最後の統一作戦案を考えている際も終わってしまうこ
とをとても悲しく思っていた。寂しく思っていた。だからこそ、最後の乱戦はとても嬉しかった。
誰が天下を取ってもおめでとうと言いたいと強く思った。17年余の歴史が終わるのだなと思うと辛いが終わりはいつかあるのだろう。
戦国動乱に関わった諸氏に幸あれ。

No.852:【個別挨拶】 45国:明智光秀 15/03/28/土 06:29:02
皆様、本当にお疲れ様でした。既に終わってから1ヶ月近くが経ってますね。もう覚えている人も少ないかな。
最後の刻だから、個々人へのコメントを書いておきたいと思います。とても長いです。
また、用語集も作りました。大久保殿の三河物語設定を使って妄想も書いてみました。
ご不快に感じたらごめんなさい。最後だから書いてみたかった。
--

東西連合:奥州

1国 織田帰蝶 殿
刻が終わるまで、すっかり帰蝶殿が女性キャラだということを失念していましたw
貴殿の人柄が好きでした。貴殿が体調を崩した際は心配しました。不安定な心持ちでもあったのだと思います。常に気をつけて話しかけて
いこうと井伊殿と話していました。ふぁすとさんの裁定もあり、貴殿が復活してくれたことで統一へと漕ぎ着けました。
貴殿と語り合った日々が今は懐かしい。

3国 南部晴政 殿
統一直前でのご参加でしたね。貴殿とは面識ありませんでしたが、軍議で貴殿の登場で沸いたのを覚えてます。

4国 服部半蔵 殿
貴殿とは副音声(IRC)でいろいろとお話しましたね。最終盤にも独立してもらい、本当にうれしかった。
そのもの静かな雰囲気にどれだけ助けられたことか。私は貴殿からみてどう見えていたでしょうか。

5国 井伊直政 殿
東西連合が成立し、合同軍議に顔をだしたとき、貴殿が現地を頼んできましたね。それこそが畿内との外交と決別する決め手となりました。
そこから覚悟を決めて、軍師をすることを考えました。貴殿にはそのことを受け止めてもらい感謝しています。
貴殿とは何夜も朝まで話し合いましたね。本当にさまざまなことを話し合いました。貴殿と話しているうちに朝になり、寝て起きた他の人
が再度入室してきたりもしましたね。懐かしい朝軍議ができたのは幸いです。
貴殿が盟主として動くなら島津殿共々応援しようと思ってましたが、貴殿は決して上に行きませんでしたね。
島津殿もそうでした。盟主をしたがらない人だらけでしたねw それでいてちゃんと人が集まってきたのはとっても嬉しかった。
どれだけ貴殿に愚痴を聞いてもらったことでしょう。どれだけ貴殿に励まされたことでしょう。
貴殿が頼りでした。本当にありがとう。

6国 大久保彦左衛門 殿
大久保殿の存在は遠く九州からも見えていました。会見でも目立っていましたね。会見を始めて見た瞬間「じょ」って思い浮かびましたw
4国服部殿と48国島津殿の会談を経て、東国と九州の連合が成立した後は皆で深夜まで軍議をしたりしましたね。貴殿の独自の外交に何度も
助けられました。畿内と中国の猛攻にあわやというとき、独立していただけて助かりました。
その後の統一までの会話を今も覚えています。私には最後の統一までの会話はとても印象深いものでした。
序盤にたまこ設定にお付き合いできず申し訳ありませんでした。


東西連合:関東北陸

7国 小早川隆景 殿
貴殿の慎重な姿勢に軍議で何度助けられたかわかりません。貴殿が上に立ってくれていたとき、大変な重圧であったと思います。
守ろうと必死でしたが、中国と畿内の猛攻で守れませんでした。ごめんなさい。
貴殿が居てくれたからこそ、作戦の幅が増え、貴殿が居てくれたからこそ、杜撰な作戦にならずに済みました。
本当にありがとう。軍議にもずっと遅くまで居てくれて助かりました。

8国 織田信長 殿
東西連合成立の頃にお会いし、終盤に鮮やかな行動で復活してくれたことを心の底からうれしく思います。貴殿との終盤での書簡のやり取
りは、私には最良の賦活剤でした。現実でのお忙しい中、本当にうれしかった。最終盤、貴国直下の11国に畿内陣営が主従入れ替えで集ま
ったとき、絶対に8を守らねばと思いました。それが貴殿に対する想いなのだと。結果として侵攻ルートは北陸路でしたが。

10国 松平元康 殿
貴殿とは直接の面識がありませんでしたね。貴殿の復活を東国の皆さんが望んでいました。結局はお会いできませんでしたが、あの終盤の
更新だけでも本当にうれしかった。あのおかげで格段に守りが強くなりました。貴殿が徳川家康になることを見てみたかった。

13国 徳川秀忠 殿
天下統一おめでとうございます。貴殿のドジっ子ぶりには最初はとっても痛かったけど、徐々に癒されるようになりました。
貴殿の素直さがとても嬉しかった。自分の軍師ぶりをとても上手にほめてもらえるので、ついつい頑張ってしまいましたw
統一会見を見て、貴殿に天下を渡してよかったとそう思います。
貴殿には直接書簡で遊軍行動をお願いしたこともありますね。あのときの頼もしさはすごいものでした。
貴殿にお願いしてよかったと思いました。私の軍師ぶりは貴殿の目にかないましたでしょうか。
はるか昔、貴殿PLさんにいろいろとお教えしたことを思い出します。
その貴殿が子の刻最後の天下人となったことを誇らしく思います。
本当に天下統一おめでとう。

14国 真田信之 殿
中国の猛攻で攻め落とされてしまったことをとても残念に思ってます。侵攻ルートも大体把握していたのに、それでも守れなかった。申し
訳なく思います。中盤までは貴殿となかなか話せなかったと聞いています。終盤、書簡をいただけ本当にうれしかった。ありがとう。

15国 真田昌幸 殿
せっかく復活したのに、貴国を守れず、再び落とされてしまったことが残念で仕方がなかった。それでも何とか復興できた。
実質東国での最前線であった14,15,16ラインでの大役お疲れ様でした。

16国 織田信雄 殿
のぶお殿^^
貴殿のことを「のぶお殿」と呼ぶのがとても好きでした。貴殿がその気であればなんとか貴国の天下をと思ったりもしました。
貴殿の存在は秀忠殿とは違った癒しを与えてくれました。貴殿が着実に遊軍をしてくれることでとても助かりました。


東西連合:九州

41国 滝川 一益 殿
小弐殿が中国路の盾となってくれていたとすれば、貴殿は四国路の盾でした。貴殿の存在があったればこそ、九州はあれだけもったのだと
思います。中盤頃、38国長宗我部殿からの情報で貴殿と40国直江殿のつながりを疑ってました。実はそのことを陳謝した書簡の後も、その
思いは完全にはぬぐえませんでした。貴殿が直江殿と繋がっていれば41国攻略は避けたいと思うだろうと思い、軍略を立てるとき、念頭に
置いたりもしていました。実際のところはどうだったのでしょう。

42国 少弐冬尚 殿
無言の武将でありながら、終盤での信頼はとてもありました。特に最終日の貴殿の行動は神がかってました。
能勢殿の統一だと思った瞬間の1秒差での統一阻止はものすごかったし、最後のとどめをとったのもすばらしかった。統一時に軍議にいたR
OMさんは小弐殿だったんだろうなあと思ってます。
中国とも交流があったと思います。それでも東西連合、ひいては九州の私たちに加担してくれたことを心より感謝します。

43国 大友宗麟 殿
軍議で混乱しているときも、焦っているときも貴殿の落ち着いた判断が本当に有難かった。きつい役目もしっかりとこなしてくれ、地味な
後方支援もしっかりやってくれる。なんと頼もしいのだろうと思ってました。
もしも、序盤から居てくれたらきっと九州だけで陣営を立ち上げてもやっていけたと思います。貴殿が居てくれて本当によかった。

44国 浅井長政 殿
終盤前のご参加ありがとうございました。軍議にきていただけたときの聡明な受け答えにどれだけ頼もしさを感じたことか。もっと貴殿に
活躍の場を渡したかった。がちがちにくみ上げられた外交関係に窮屈を感じなかったでしょうか。
こちらに参加してくれて本当にありがとう。

48国 島津義弘 殿
序盤に貴殿が九州で陣営を作ろうとしたとき、素直に賛同していたらどんな形になっていたでしょうか。中盤まではっきりした意思表示を
しなかった私を許してください。東西連合を成立させた貴殿の外交がなければ、私が軍師をすることもなかったと思います。
九州で27国を落とした後の停滞はかなりのストレスを感じました。統一行動を起こせるのに統一にいけない。意見が統一しない。
畿内が動いてくれなければあのとき東西連合は崩壊していたと思います。そこまでの強い100ターンへの貴殿の思い。里村殿の思いとは別
種だったけど叶えてあげたかった。その意思を曲げて、再度統一へと動くことを許容してくれてありがとう。
私は貴殿と共に最後の刻を駆け巡ったと思っています。ありがとう。


東西連合:味方

31国 西園寺公広 殿
麿殿。貴殿には感謝してもしきれません。45が落ちた後、一気に回復してくれ、終盤ではこちらに味方してくれました。
33国の加藤殿同様、貴殿も中国陣営なのだと思ってましたから、とてもうれしかった。
貴殿の麿な感じが大好きでした。かっこよかった。ありがとう。

33国 加藤嘉明 殿
てっきり、四国か中国に参加しているのだと最終盤まで思ってました。だからこそ、貴殿が東西連合に仕官してくれたことをとてもうれし
く思いました。あまりに最前線であり、守りきれなかったことをとても悔しく思います。
気をつけていたのにと残念でなりません。それだけ中国がすごかったのだと思っています。



畿内陣営:

11国 豪姫 殿
直接お会いしたことはありませんでしたが、会見は楽しく拝見させてもらいました。書簡でもお世話になりました。貴女の大らかな会見に
ほっとしたこともあります。私にとって貴女は畿内陣営の一翼としてとてもやっかいでした。11国という位置は常に脅威で、最終盤の錐が
食い込むような主従入れ替えでは、懲罰しか方法がありませんでした。
もしももう少し時間があれば、貴国が基点となり、東国は混乱に陥っていたのでしょう。

19国 小島弥太郎 殿
つねに脅威でした。とても強い。疾い。貴殿の印象はこれに尽きます。畿内陣営は個々がとても強い上に、軍略に優れ、なおかつ、11,19,
22,25と内陸国を多く抱えていることで地の利を得ていて、東国方向から攻め寄せる際、貴国はとても高い壁でした。
九州が落ちたとき、東国が独立できる状態に気づき、貴国を攻め落とすことで弾みがつきました。ここを落とさねばならないって強く思い
ました。畿内陣営の強さを具現化したような怖い国でした。

22国 道鬼 殿
貴殿は私のことをとても嫌いになっただろうなと思います。のらりくらりと話し、言葉尻を捉えて舌鋒強くしてくる。やっかいなやつだと
思ったろうと思います。できれば貴殿と仲良く言葉を交わしたかった。
当時の自分は自分を守ろうとする気持ちが強く、貴殿の言葉を強圧だと感じていました。長い時間が経って読み返してみれば、貴殿は丁寧
に話してくれていたのですよね。申し訳ないと思います。貴国を何度も何度も落としたことを申し訳なく思うと共に、下手な手加減は必ず
自身の壊滅を招くと思って動いてました。19,25同様、22は健在なれば怖い位置でしたから。
貴殿に置かれては刻が終わってPLに戻った際、気分を害していないことを願うばかりです。63人の精鋭の進軍には感動しました。

23国 九鬼嘉隆 殿
打ち上げで貴殿が畿内陣営の軍師だったみたいだと聞きました。
畿内陣営はその洗練さにおいて比類ないものだったと思います。その陣営の軍師は大変だったのでしょうか。それとも楽だったのでしょう
か。水上隣接ということで早めに攻め落とせましたが、23国を落とすということの意味は大きなものだったと思ってます。

25国 細川幽斎 殿
内陸の貴国はとてもやっかいな存在でした。
直下にもぐりこめず、届かない。なんとか落としたいと何度も思ってました。終盤にカウンターでやっと落とせたときはうれしかった。
こちらも被害がでか過ぎたけど。貴殿の書簡にものすごく凹みました。かなりのダメージでした。
もともと蒲生殿にきつい書簡送ってしまったと悔やんでもいたし、畿内の人たちには嫌われているだろうなあと思ってたので、嫌われると
極端に凹む自分としては直球の書簡はきつかった。でも、それは刻の中だけのこと。
貴殿に久しぶりに会えてうれしかった。はるか昔、貴殿PLさんと朝まで語り合ったことを今でも覚えています。

26国 三好長慶 殿
25国同様、ここに届かせるのは本当に大変だった。ほんの少しの隙を見せるだけでもあっという間に攻め寄せてくる畿内陣営の一翼を担う
貴国を何度恨めしく思ったことか。貴殿と大久保殿の交流を終盤聞いて貴殿の優しさに触れたとき、攻め込むことを少し躊躇しましたが、
隙を見せればあっという間にこちらがやられると自らに言い聞かせて動きました。

27国 能勢摂津守頼次 殿
貴殿こそがこの刻の主人公だと思います。貴殿はそう言われるだけの存在であり、それだけの力量を示し、それだけの魅力を持っていまし
た。貴殿のことは若干苦手でしたが、それでもその存在を認めずには居られない。それほどの人だったと思います。
貴殿は、こちらがあれだけ丁寧に畿内陣営各国をつぶしていった中でも、それでも立ち上がり、まさに統一に手をかけました。
いや、統一したと言ってもおかしくありませんでした。ほんの1秒ずれただけです。
たとえ、あそこで貴殿が天下を取っていたとしたら、心の底からおめでとうと言えたと思います。
あの芸術の如き作戦行動の数々。本当に眩しかった。すごかった。
こちらはほんの少し隙を見せるだけできつい反撃をもらい痛かった。潜伏されたら、浮上してくるときはもっとも痛いときを狙ってくる。
さらに個々が洗練されすぎていて怖いくらいでした。
こちらは一個一個を落としていくので精一杯で複数を連動して落とすなんて夢のまた夢。気をつけて、丁寧に作戦指示してもどうしても遅
延や間違いが起こる。ひとつずつ落としていったのは、それでなければ貴殿を捕らえられないと思ったからでした。
最初に27を直接落とした後は、結果として45が負けました。周囲をひとつずつ落とさない限り必ず負ける。その思いからでした。
それほどまでに畿内は強かった。
重ねていいます。今刻の主人公は貴殿でした。



中国陣営:

32国 黒田直之 殿
貴殿が隠遁したことが残念でした。当時、自分もかなり心身が疲弊していて、今にも離脱してしまいそうだったからなおさらだったかな。
貴殿の序盤の呼びかけに応えていたら何か違ってたかな。九州が中盤27国を落として上に立ち、停滞していた際、軍議にずっといたROMさん
が貴殿だろうなあと思ってました。打ち上げで確認したら当たりでしたねw 見てることを想定して最初は話してました。
でも、途中からすっかり忘れて、結果、情報垂れ流しだったw

35国 水野勝成 殿
静かに佇む貴国がずっと怖かった。その兵力と資金がどう動くのかと注目してました。

36国 真田幸村 殿
最終盤までは貴殿の存在は良くわかりませんでした。最終日の中国の猛攻の際の貴殿の動きのすごさに、これだけの武将が潜んでいたのか
とびっくりしました。中国陣営は貴殿が居たからこそ、ほかの人も動けたのだなと納得しました。

38国 大岩祐夢(長宗我部盛親) 殿
最終盤、結城殿に誘われたとき私は「長宗我部殿はその言動が、直江殿はその行動が私には相容れません」と答えました。貴殿は本当によ
くわかりませんでした。それでも一方ならぬ有能さが見えていて怖かった。序盤にもっと貴殿と絡んで、貴殿と組んでいたら何か違ったの
かもしれません。貴殿と合わないなあとは感じていたものの、間違いなく貴殿は今刻の主要キャラでした。
貴殿が居なければ精彩を欠いたかもしれません。四国でほぼ単独でありながら畿内と中国に深く入り、その存在を示していましたね。
すごいと素直に思いました。ある意味、憧れるスタンスです。

39国 結城如安 殿
思えば貴殿のお仲間が落とされたことに憤激して支援したことから、東西連合の軍師にまで繋がる道ができたのでした。
九州で汲々としてた私は、島津殿の外交に乗り、東西連合に入り、軍師となり、幾度もの苦難の末に統一まで漕ぎ着けました。
貴殿らを助けたいと思った気持ちが基点でしたが、終わってみれば貴殿ら中国陣営と貴殿らを落とした畿内陣営を敵をして最後まで戦うこ
とになったことはなんという皮肉なのだろうと思ったこともありました。
貴殿と同じ陣営で戦っていたらどんな結末があったのでしょうか。
そうは夢想するものの、貴殿と敵対したことも良かったのだなと思っています。
畿内と中国はものすごいベテランが揃っていたのだと思います。こちらには経験は積んでいても貴殿たちほどの練度はなかったと思います。
一を言えば十を知るような連携は無理でした。それでもひとつひとつをまとめあげ、行動に移すまでかなりの時間がかかっても、丁寧に積
み重ねていくことで勝利を得ました。薄氷を踏むような勝利でした。ほんの少しの優位でした。
勝利の可能性のほとんどは中国か畿内が握っているのだと強く思っていました。あなた方は強かった。ものすごかった。

40国 直江兼続 殿
直接の交流はありませんでしたね。中盤頃の長宗我部殿の情報やその軍事の速さから注目していました。40−41ラインを常に意識し、貴殿
の強さがこちらに向かわないことを祈ってました。畿内にいたはずの貴殿が中国に付いたことにびっくりもしました。結城殿の外交力のす
ごさでしょうか。貴殿もまた今刻を彩る主要キャラだと思います。



独立勢力:

24国 宇喜多秀高 殿
終盤の参加でしたが、その存在は目立ってたと思います。場所が場所だけに外交の手を私は伸ばさずにいました。
貴殿が畿内陣営に本格参加していたらきっと畿内陣営はより強くなってたのだなと思います。

28国 毛利元就 殿
中国陣営なのか、29国黒田殿と懇意なのか。情報がなく怖い存在でした。

29国 黒田官兵衛 殿
貴殿の存在は密かなキーポイントでした。貴殿の動向はどのようなものなのか。それを常に考えていました。
じゃあくな明智を見せられなくて残念だったかもしれません。最終場面での貴殿の動きには小弐殿と同じような感動を受けました。
貴国を最後に攻め込む。そのことに特別なものを感じました。
貴殿が強く望んだ
「ちなみにわしの希望は100ターンではありません。永遠の刻を願っています。そう、リアルで死ぬまで、もしくは飽きるまで動乱を、
この刻を続けていきたい。わし以外の今の参加者が全員放置して、わしだけが一人寂しく入城して1ヶ国づつ攻略していく。こんな世
界も乙なものですな」
そんな結末も見れるものならば見てみたかった。

34国 加藤清正 殿
貴殿が登場したとき、27国の前に立ちふさがる壁を感じました。絡めず残念でした。

37国 香宗我部親泰 殿
未更新なのかと思えば、たまに更新し、長宗我部殿を賦活させる。そんなやっかいな存在と捉えてました。

47国 森蘭丸 殿
まったく接触できずごめんなさい。

46国 立花宗茂 殿、50国 羽柴秀長 殿
できることなら、貴殿たちに居てほしかった。

49国 里村紹巴 殿
隣国に降り立ち、違う道を進み、同じテーマを違う視点で悩み、近づき、離れ、交差し。貴殿とはいっぱい書簡を交わしました。貴殿と序
盤に意見を交わした100ターン構想。このテーマを深く深く考えました。
体調も崩れ、気持ちも狭量になったりもしたけど、深く考えたことはとても良いことだったと思います。
貴殿と一緒の陣営で動けたらと終盤は何度も思いました。この刻の主人公は27国能勢殿だと思います。が、この刻を色づけたのは貴殿の戦
国百韻だと思います。今も続くこの連歌があってこその刻だったと思います。
酉おまけ刻があったのも貴殿の百韻があったればこそ。本当にありがとう。

No.851:【会見】 5国:井伊直政 15/03/01/日 09:57:20
まずは秀忠殿、統一おめでとう。
初期から頑張っている貴殿が取ってくれて本当に良かったと思う。

確か13国掲示板は全国開放すると仰っていたが、既にされているのだろうか?
もしまだであれば、是非全国開放して頂ければと願っている。
全国の皆も確認してみてくれると有難い。

さて、拙者はあくまで纏め役の一人。
主役は天下人に、拙者はあまり多くを語るまいと思っているが、
もしかすると長くなってしまうやもしれない。
大体は秀忠殿や大久保殿が書いておられるので、そちら読むので問題ないと思う。
このような者も居たのだなという漠然とした感覚で居て頂けると有り難い。

まずは、改めて言っておこうと思う。
拙者は九州、東国の連合の纏め役の一人をやっていた。
他に中心となっていたのは明智殿、島津殿だな。
拙者はあまり表に出ておらず、
前の会見の時は何事かと思った方も多かったのではと思う。

強気に会見したのも、内外に示さねばという思いからだ。
拙者自身の不安の裏返しという意味もあったのだろうと思う。
批判もあるだろうとは思っていたが、予想以上であの時は少々驚いたものだ。
言葉というものは恐ろしい武器であると再確認したものだ。
拙者ももう少し上手く立ち回る方が良かったと今では思っている。

拙者の今刻の目標として国の位置から奥州を必ず守り通し、
またなるべく彼らが楽しめるような状況になればと思っていた。
勿論、拙者自身の思いもある故に全てとは言えないし、
対畿内としてからは拙者の意志を押し通すような形にもなった。
結局、奥州の皆に甘えていたのだろうと感じている。
そんな拙者を後押ししてくれた奥州の皆には感謝してもし切れぬ程だ。

拙者の行動指針や盟主問題などにより関東北陸の皆とは一時的に不仲になりかけた事もあった。
外から見れば奥州は何を考えているか分からないと思われた事と思うが、
実は奥州からも同じような感覚で関東北陸を見ていた。
すれ違いのような、そんな状況だったように今は思っている。
対畿内の際は、それぞれ違う思いで連合に参加し、
一体どのように向いているのか分からない事もあったのではないかと思う。
しかし、終わってみると全体的には本来あるべき形で上手く纏まれたのではないだろうかとも思う。
これは拙者の願望めいた事でもあるのだが。

一方、九州の皆とは序盤の島津殿の書簡からの縁で共に行動するようになった。
島津殿を中心とし、優秀かつ、しっかりとした集まりだと軍議初期から感じていた。
明智殿の軍略や統一した日の少弐殿の行動。
島津殿の人柄や長い間、共に行動し続けた結果であったように思う。
良く思っていたのだが、きっと九州独自に序盤から統一を目指して動いていれば、
また違った形になったのではないだろうか、とも思う事もある。
その際はきっと奥州は島津殿の配下となっていた可能性もあったように思う。
尤も、島津殿の方針がそうではない故に、連合という形に落ち着いたのだろう。

連合に関しては中盤島津殿が九州を元康殿、秀忠殿の両名が関東北陸といった形で、
しっかりと地盤を固めていたからこそであり、島津殿や元康殿の外交での働きかけの賜物であったと思う。
だからこそ直ぐに対畿内で行動を起こせた、拙者はそう思っている。

連合の皆から見たら、拙者は良く謝罪をする纏め役と判断されているやもしれぬな。
特に昌幸殿辺りには強くそのような印象を与えているのかもしれない。
これは拙者自身を皆がどのように感じていたのか分からなかったという事もあるのだが…
拙者が軍議等で確認するまで気が回っていなかったのが原因だろう。
勿論、本当に申し訳ないと思う部分もあったし、皆の行動に感謝しきりであった。
ただ纏め役の一人として連合を潰したくなく、また負けたくもなかった。
その表れであったと思ってもらえれば有り難く思う。
本当に皆、有難う、そしておめでとう。

畿内中国の両陣営からは対畿内という行動だけが見えて、
一体何を考えているのか、何を目指しているのか分かりにくかった事と思う。
これに関しては申し訳ないと思うと同時に最初は野合に近かった連合という背景から
上手く対外的に物事を示す事が難しかったと思う。
100ターン、これについても拙者自身は連合解散をすべきではないか?という考えが出てくるまであった。
統一目前まで行きながら足踏みした時期は丁度その時期であり、
連合の目的というものを再確認しなければいけない、そんな状態になっていた。
最終的には皆、負けたくないという思いが強くなり、それが形となった結果なのだとも感じている。

畿内陣営の盟主である、能勢殿にはまずお詫びしたい。
貴殿を騙すような形となって申し訳なかった。
途中までは畿内に協力するか迷ってはいたのだが、
畿内に協力するのは何かが違うと、少なくとも拙者はそう感じていた。
この何か、というのは口では上手く説明出来そうにない、申し訳ない。
鬼という言葉を用いたのは貴殿に対する負い目があり、振り返ってはいけない。
騙しておいて、大っぴらに謝罪すべきではないという虚勢によるものだった。
それ以後は敵として相対し、正直あの夜の乱戦の最中、負けたとすら思った瞬間だった。
本当に紙一重であったと思うし、一歩違えば畿内の天下であったように思う。

中国陣営は黒田殿の隠棲が非常に残念だった。
しっかりとした御仁であると書簡の交流では感じていた。
きっと色々な事が内部なりで起こったのだろうな。
もう少し長引いていれば復活することもあったのだろうか?と思う事もある。
後を引き継いだ結城殿も直接の交流はないが、会見で只者ではないと感じさせた。
実は畿内に仕官する可能性があるのではと最後の方まで疑っていたのだ。
あの夜の中国陣営の行動はまさに会見通りの行動だった。
拙者は自身の未熟さを思い知らされたと同時に謝罪させて頂きたい。
本当に申し訳ない。

結局、最後の会見でも謝ってばかりだな。
なんだかんだと長くなってしまい、文章もおかしな部分もあると思う。
沢山の思いがあふれた結果なのだろう、広い心で許してもらえれば有難い。
何とも締まらない会見になってしまったが、拙者の言いたいことは言い終えた。
個別の返信に関してはせずにおこうと思う。
拙者も思いはあらかた書いてしまったからな。
連合の皆には感謝と礼の言葉を改めて送りたい。
本当に有難う、そして勝てたな、皆おめでとう。
拙者も勝てて良かった。
秀忠殿、統一本当におめでとう。

そして全国の皆、お疲れ様だ。


最後にPLから少しだけお話させて頂ければと思います。
10代に動乱を始めて、10年以上に渡り参加し、様々な方達と関わらせて頂きました。
動乱に出会っていなかったら、もっと視野が狭い人間になっていたのではないか?
今ではそう感じる事もあります。
初参加から数えての年数だけで言えば、人生の半分に近いの年数に参加させて頂きました。
昔の自分から少しは成長出来ているのだろうかと自問自答しております。
きっとこうやって自分に問うことで成長しているのだろうと思いたいところです。
様々な出会いや経験をさせてもらった戦国動乱というゲームを提供してくれた、ふぁすとさんには本当に感謝しきれない思いがあります。
昔に一度だけふぁすとさんとはIRCで少しお話させて頂きましたが、その時に名前を覚えてもらっていて感動した記憶があります。
ふぁすとさん、今まで関わった皆様、長い間本当にお疲れ様でした、そして有難うございました。

PL:NEED

No.850:【ご挨拶】 49国:里村 紹巴 15/03/01/日 04:03:45
統一おめでとうございます。
長期刻お疲れさまでした。

私が目指したのは、参加者全員で一緒に楽しめる100ターンでした。
天下を競えば必ず敵味方が分かれる。
連歌なら、敵味方関係なく楽しむことができる。
そう思って始めた百韻連歌でした。
が、楽しい100ターンを願ったはずなのに、
いつからか100ターンのために苦しむ人が増えていきました。
歌っても歌っても、全国を覆う重苦しい空気を和らげることができませんでした。
連歌の魅力で全国の皆様の心を充分満たせなかった時点で私の敗北です。
最後は盛り上がる終わり方になって良かったです。

統一後も百韻連歌は最後まで続けます。
天下統一への流れをせき止めることは出来なかったけど、
動乱閉鎖への流れを少しの間せき止めることはできました。
自己満足のわがままと非難する者あらば、謹んでその非難をお受けいたします。

以下、個別挨拶。

01国  織田帰蝶様
大久保殿と共に会見を盛り上げていましたね。
もっと貴女と会見で戦ってみたかったです。
私の挑発的な言葉で傷ついていたそうで、申し訳ありませんでした。
最後にお元気そうなご活躍ぶりを見て安心しました。

05国 井伊直政殿
同盟申請してもずっと保留のまま。でも書簡では好意的な返書。
人なのか鬼なのか、盟主なのか一匹狼なのか、
どちらとも言えない境界線上で力を発揮なさる方という印象でした。
天下を取れる位置に居るように見えるのになぜ取らないのか、ずっと不思議に思っていました。

06国 大久保彦左衛門殿
会見の主役でしたね。
大久保殿より目立つ会見をしようと、色々ネタを考えるのが楽しかったです。
49国掲示板の最初の訪問者でもありました。
私がこの刻を楽しめたのは貴殿のおかげです。心から感謝しています。
もし貴殿がいなかったら、私は序盤を無言で過ごし、
落城後に「歌を捨て復讐に生きる元連歌師ブラック里村」として
会見デビューしていたかもしれません。

08国 織田信長殿
連歌のご参加ありがとうございました。
普段は寡黙ながら、口を開けばキラリ光る発言を残す方という印象でした。
私の大名復帰後に同盟を結んでくれたのは信長殿だけでした。

10国 松平元康殿
連歌のご参加ありがとうございました。
書簡を数通交わした後は付き合いが途絶えてしまいましたが、
東国の要になりそうな国と思って注目していました。

11国 豪姫様
軍議でお会いするたびにうざいとか金にうるさい金太郎だとか言われ、
私は嫌われているのだろうかと何度も悩みました。
豪姫様を悦ばせ愉しませようと、色々考えて書簡しました。
あの小説は私なりの愛情表現のつもりでした。
もし気分を害されていたならごめんなさい。
打ち上げでスパイと言われてとても驚きました。
身に覚えがないのですが、何故そう誤解なさったのでしょうか。
でも、そんな豪姫様が好きでした。

13国 徳川秀忠殿
天下統一おめでとうございます。
どのような御仁か全く存じませんでしたが、会見を拝見して、
なるほどこの刻の天下人にふさわしい方だったのだと理解しました。

16国 織田信雄殿
連歌のご参加ありがとうございました。
いつも直球の句で、真っ直ぐなお人柄が現れていると思いました。
残り30ターン、私を混乱させるくらい素晴らしい案をお待ちしております(笑)

22国 道鬼殿(蒲生氏郷殿)
連歌のご参加ありがとうございました。
真面目な句から下ネタ満載の句まで守備範囲が広かったですね。
外交でも戦場でも文武両道でご活躍なさっていて、お見事でした。

24国 宇喜多秀高殿
連歌のご参加ありがとうございました。
途中参加ながら見事な外交力で素早く刻に溶け込んでおられたように見えました。
貴殿と同じ陣営になって色々語り合ってみたかったですが、その前に終わってしまいました。

27国 能勢摂津守頼次殿
連歌のご参加ありがとうございました。
私は能勢殿の「天下は皆のもので独りのものでは在りませぬ」という理念に、とても共感する物を感じました。
最初にお誘いの書を頂いた時、私が100ターン以内の統一には協力できないことをお伝えしたのに、
それでも重ねてお誘い頂きました。だから、
・もし能勢殿が100ターンより統一を優先するなら、私は能勢殿と縁を切る
・もし能勢殿が統一より100ターンを優先するなら、私は能勢殿が目指す理想の天下の実現に協力する
という決意をして、陣営に参加することにしました。
統一直前まで、能勢殿と畿内陣営の皆様には大変お世話になりました。
最初から全力で統一を目指せばとっくに27国の天下になっていたところを、私がお邪魔してしまいました。
このような終わり方になったことを、私は納得していますが、能勢殿はさぞお辛いのではないでしょうか。
貴殿が私を勧誘したことを悔やんでいるのではないかと心配しています。

29国 黒田官兵衛殿
貴殿に攻め落とされた時、29国を砂地にしてやりたいと思いました。
能勢殿から、29国は畿内の味方だが、陣営掲示板を解放していないので49国が仲間だと知らなかったと説明され、
やり場のない怒りを必死でこらえました。
その後、兵1豪族でささやかな復讐ができました。最終的に29国が兵0になる所を見れました。
今はもう、貴殿のことは全く恨んでいません。

39国 結城ジョルジュ殿
ご立派な最期でした。尊敬します。
ご冥福をお祈りいたします。

45国 明智光秀殿
私以上に100ターンのことを深く考え、悩み、全力を尽くしてくれていたのを、
隣でずっと見ていました。ものすごく頑張っていると噂で聞いていました。
そんなに無理しなくていい、苦しいならもう止めていいよと、私の口からは言えませんでした。
よかったらまた連歌にご参加ください。体調にはお気をつけて。
動乱に参加して貴殿に出会えたことを、とても幸せに思います。
色々ありがとうございました。

48国  島津義弘殿
序盤に九州でまとまろうと書簡頂いた時、
「一人の主に忠誠を尽くすのは性に合いません。自ら盟主に立つほどの器でもありません。」
と言ってお断りしたことを今も覚えています。
終盤に頂いた書簡で、貴殿の理想の終わり方を
「最後の刻にて統一者と、その協力者だけが満たされる終わりにはしたくない。参加者全員が満たされる刻にしてみたい。」
と語っていらっしゃいましたね。
もしその理想を序盤に聞いていたら、私は能勢殿ではなく島津殿を選んでいたかもしれません。

No.849:【告知】 36国:真田幸村 15/02/26/木 22:58:09

動乱楽屋裏にて

酉おまけ刻 開催告知


ありです。

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統一おめでとうございます。

---------------------------------------

みなさま、長い間、某と遊んでいただき感謝です^^;

軍議場で無口、書簡が固い、何を考えてるのか分らん

などは、たぶん某…^^;

今まで、本当に動乱に甘えていました。
いつまでも、青春。
いつまでも、青年。

ここにきて、生涯がなんなのか、改めて…
かなり遅いかな^^;

みなさまも、これを機に、これからの人生を
どうか大切になさってください。

では、お元気で^^

No.848:【最後ですね】 39国:結城如安 15/02/24/火 22:19:21
徳川秀忠公、天下統一おめでとうございます。
巻を通じて関わることはありませんでしたが、大久保殿の三河物語を通じて天下人の人となりを知る事ができました。
動乱最後の天下は、笑いの神の上に降り立ったのでござるな。
これで腑に落ち申した。

あの乱戦のさなか、他の誰があれほどの笑いを提供できましょうか。
さすれば、これからの徳川の世はきっとほがらかに笑いに満ち溢れた世となることでございましょう。
心から、良かったと思います。

一方、能勢勢の最後の突撃の見事さ。
針の穴のようなわずかな隙を突く怒涛の進撃。
そして、これまた奇跡としか言いようのない少弐殿の下剋上。
こんな劇的な最後を誰が予想できたでしょう。

そして、その奇跡を生んだ大乱戦の口火を切ったのが、我が父結城ジョルジュ率いる中国勢であったことを誇りに思います。
決死の覚悟で敵軍待ち構える中の突撃、かかれの号令のもと力尽きるまで二度に渡る突撃を繰り返し、力尽きやぬなく撤退をした後も満足感に溢れるものでござった。

直江兼継、真田幸村、長宗我部盛親という綺羅星のような名将が味方してくださったからこそ、数少ない人数であれだけの戦いができたのだと思います。

ここで、手裏剣や学問のほかに交霊術を得意とする叔父結城進斎が、亡き父結城ジョルジュの霊を呼び出し、お世話になった皆様方へご挨拶いたします。

結城ジョルジュでござる。
あの世から、お邪魔いたします。

黒田ミゲル直之殿
最後の動乱において、真っ先に天下取りを宣言された貴殿に付いていこうと思った事、
結果としては間違いではありませんでした。
(官兵衛殿との名前被りでの武将名変更は無視でござる。)
幸村殿の下剋上に対し、その翌日にそれを支援した直江殿も幸村殿も仲間に迎えいれようとおっしゃってくださった時の感動忘れません。
途中で隠棲されたのは正直ショックでしたが、あの決断があればこその最後の突撃だったと思うと、本当に名将であったなあと思わずにはおれません。
でしゃばる拙者を咎めもせず、自由にしていただいたことにも感謝以外の言葉が浮かびません。
本当にありがとうございました。

盛親殿
貴殿との陣中の会話が拙者の癒しでござった。
昼に集まり能勢殿を襲ったあの昼討ちのこと、きっと忘れることは無いでしょう。
最多勝を上げられ、負け引き分けを足した戦争の機会でも最大であったのは、いくさ人としての矜持でござろう。
いくさ場で、持ち場を安心して任せておける盛親殿が居たことで、ずいぶんと助けられ申した。
会見でも持ち前の愛嬌を発揮されておりましたな。
リトル長宗我部には爆笑させていただいた。
最後、下剋上した後に陣中で「能勢殿へ加勢せよ」と命じるまで動かなかった貴殿。
拙者は、我が家臣であったと信じているよ。
ありがとう。

直江殿
序盤にもっと関わりを持てば、違う流れもあったかもしれません。
しかし、拙者は幸村殿の下剋上を支援した貴殿とのその後の濃密な交渉こそ、もっとも重要で心揺さぶる出来事だったのでござる。
そう考えると、あのような流れとなったことは必定であったのだと思うのでござる。
貴殿も感動を口にしてくださった。
交渉の中で感動を覚えたこと、とても良い思い出でござる。
味方となってからの貴殿は冷静であり、陣中での拙者の抜けている部分を目立たぬように補佐してくださった。
何度、画面に向かい頭を下げたかわかりません。
最後の突撃、おそらく直江殿ほどの目を持っていたなら、勝てぬことも予想に入っておりましたでしょうが、何の文句も言わずに黙って付いてきてくださった。
嬉しかった。
一緒に戦えてよかったでござるよ。
ありがとう。

幸村殿
直江殿への固い信頼感は、直江殿が羨ましいと何度も思わせるものでした。
序盤にミゲル殿が貴殿の城を落とした事に端を発する下剋上。
起こった直後は怒りもありました。
しかし、その後に群雄割拠之図を見て思ったのでござる。
曲がりなりにも中国が一つとなった。
雨降って地固まる。いや血の雨だから岩となれる。
それからようやく貴殿との交渉が始まったのですが、その結果として幸村殿がミゲル殿へして下さった他国投資4回。
あの外交歴史書を見た時の飛び上がらんばかりの喜びをどう伝えればよいか。
後に貴殿から聞いたように、直江殿の心もあの行動が動かしたのだと。
その幸村殿と最後の突撃を共にできたことは、なによりもの喜びでござった。
ありがとう。

中国勢家臣団の皆様
水野殿、西園寺殿、毛利殿とは32国掲示板と書簡でのやりとりだけではござったが、中国勢の可能性を常に感じさせてくれた意味において、貴重な戦力でございました。
水野殿は、わりと初期からのお仲間。
とうとう一緒に戦をする機会が無かったことは残念でしたが、時折の支援感謝しております。
西園寺殿の書にはいつも笑わせていただいておりました。
行動は先が読めず、最後警戒しておりましたことお詫びいたします。
毛利殿は、官兵衛殿への下剋上を約束してくださった時点で、畿内にも勝つ可能性ができたと心躍っておりました。
その後の流れで実現しませんでしたが、最後までありがとうございました。
新生中国勢旗揚げ時に、その作戦のために敢えて名を伏せたことお詫びいたします。

官兵衛殿
上でも書いたとおり、貴殿との交渉の裏では貴殿への下剋上も策謀しておりました。
申し訳ござらん。
しかし、それすらもおそらくはお気づきだったのでしょうね。

加藤殿
貴殿とのこと、利用しただけのように思われていただろうと、本巻においてもっとも悔やまれる事でございました。
言葉巧みに誘いながらも復興すらお手伝いできず、貴殿の心が自然と拙者と敵対へと向かったのも当然の流れ。
最後の最後の大乱戦の口火は貴殿の城から上がりました。
加藤殿の旗印「竟」の字のとおり、ついに動乱が終わるというその象徴となられたことは、拙者のお礼のつもりと言っては勝手が過ぎますでしょうか。
申し訳ございませんでした。

奥州の皆様
ほとんどと言ってよいくらいに関わることがございませんでしたが、唯一大久保殿とは最後の方に書のやりとりができて良かったと思います。
こぼれ話を聞かせてくださり、ずいぶんと想像を膨らませることができました。
井伊殿には、会見にて厳しい言葉で追い詰め申したが、あれも戦術の一つとご容赦くだされ。
小早川殿、あと僅かで天下でありましたな、貴殿の腕であれば取れたのに惜しいと思う戦でござった。

関東の皆様
天下人である秀忠公をはじめほとんど関わることが無かったのは奥州同様でござるが、松平殿とは書を通じてわずかに戦略面での話しをしました。
最後の書で大人気ない事を申した事が悔やまれます。申し訳ない。

九州の皆様
明智殿とは、友と呼び合う仲にまでなりましたが、とうとう味方となることはありませんでしたね。
熱くなる貴殿の心情は、とても好ましいものでござった。
敵として、これほどに手ごわい相手だったとは正直見抜けませんでした。
最後の日の前日、貴殿を我が陣営に迎えいれられたらと直球勝負の書簡を送ったときの返書での動揺を隠さぬ貴殿が好きでござったよ。

島津殿には、井伊殿同様、会見にて厳しい言葉を浴びせ申し訳ござらぬ。
意外に思われるかもしれませんが、貴殿が言っている事は決して間違っておらぬという思いでいたことを告白いたします。
二枚舌とは拙者のことでござるなあ。
少弐殿とは、初日からずっとほぼ毎日の交流相手。
そして、無書簡。
終盤の行動の無い日もなんとか工面して貴殿への交流だけは絶やさぬように努力いたしました。
そして、あの下剋上。
驚きとともに、なぜか嬉しい思いもあったのが不思議なものでござる。
見事に動乱最後の戦をゲットされましたな。


能勢勢の皆様
弥太郎殿の素早さに舌を巻き、序盤から要注意人物と目しておりました。
豪姫は、会見で絡ませていただきましたが、それよりも意外なほどの戦上手ぶりにこそ関心いたしました。
何度も派手な立ち回りでしたな。そしてあの防衛戦はレジェンド級でござった。
道鬼殿は、中国勢と能勢勢との共闘の仕掛人。
おかげで、最後に存分に楽しませていただいたと感謝しております。
幽斎殿には何度かの書のやりとりの中で、いつも優しい言葉をかけていただき、仲間として戦いたいという思いを何度も持ちました。
最後に、不思議な縁に導かれてその夢も叶い申した。
九鬼殿や三好殿とは直接の関わりがありませんでしたが、共闘の中で戦友であるという思いは日に日に強くなっていったこと、正直な気持ちでござる。

能勢殿
最初に送った書は、頼継殿を最初に落城に追い込んだ前日の夜、盛親殿へ送ろうとした書を間違えて送ったものでしたね(笑)
部分的には作戦に絡むものもあり、おそらくは計略の類かと疑われたことでござろう。
しかし、あれは正真正銘の凡ミスでござる。^^;
その後、能勢勢の圧倒的強さに益々燃える反骨心こそが拙者の原動力でした。
穏やかで優しげな文体でありながら、のど元へ刃を突きつける迫力、凄みを感じる会見を書く大将だと敵対心と憧れの入り混じった思いを持っておりました。
共闘してからは、緊張感のある中での互いの作戦の調整。
実は、これこそ戦国時代だという思いでワクワクしながらの会談でござった。

頼継殿は間違いなく天下に一番近かった男であります。
そして、誰もがこの巻の主人公は頼継殿であったと思っているはずです。

その頼継殿からライバルであり友だった、かっこ良かったと言っていただいた最後に頂戴した書はあの世にて拙者の宝といたします。
決戦してみたかったでござるな。


最後に、徳川治世300年の後、すなわちこの巻が始まった日から丁度一年後、時はまた風雲を告げる。
2015年12月末、戦国動乱は幕末動乱へと姿を変えて皆様の前に登場いたします。
なーんて嘘だよーん。
結城ジョルジュでしたー。


・・・・・・父上、あの世で性格が変わられたな(汗

では、仕切りなおし。
皆様、動乱最後となった本巻を通じて、長い間お世話になりました。
そして17年にわたる長い間、動乱を通じて遊んでいただいた皆様、GMさん、ふぁすとさん。
本当にありがとうございました。

天下人でも無いのに長文失礼しました。
最後に、39国掲示板を全国に開放しましたので、良かったらご覧ください。

結城如安@りきゅう

No.847:【祝統一】 35国:水野 勝成 15/02/24/火 20:48:09
徳川秀忠殿、ご統一おめでとうございます。
なかなか参加できませなんだが、楽しかったでござる。

No.846:【ん?】 16国:織田信雄 15/02/23/月 23:14:25
動乱の乱世は終わったかもしれぬが
49国里村殿の掲示板は終わっておらぬぞ
まだまだ30数ターンも残っておる!!

里村殿を混乱させる機会じゃ
皆の者 里村殿の掲示板で案を注ぐのじゃ

きっと彼はつぶれるであろう(笑

子之刻弐拾壱之巻から参加致しておりましたが
当時が懐かしい 午前0時の登録 わずか5分も持たず
参加できず・・・・良い思い出です

信雄でした

No.845:【ごあんない】 6国:大久保彦左衛門 15/02/23/月 21:59:34
IRCも併設しておこうのう

サーバー名: irc.trpg.net

チャンネル名: #祝賀会場
 

No.844:【ご案内】 13国:徳川秀忠 15/02/23/月 20:26:42

動乱 最終刻の打ち上げを下記の場所で開催します。

お時間に都合の付く方 お気軽に遊びに来て下さい。

GMさんと直接話せるチャンスがあるかも!!

          記

平成27年2月23日(月)22:00〜

会談チャット キー rengou

No.843:【おわび】 6国:大久保彦左衛門 15/02/23/月 20:09:59
作り話とはいえ、皆さんの名前を勝手にだしてキャラ付けしてしまってごめんなさい。
たぶん、少しは反省しています。
 
忠政「今更感が強いでござる」
国政「天下が。。。ワシの天下が・・・」
忠政「いい加減にするでござる」

No.842:【最終話】 6国:大久保彦左衛門 15/02/23/月 19:34:37
数十年後
〜〜〜〜〜〜

彦左衛門「・・・・という、国政・忠政の物語だったのですじゃ」
???「ひこざえもんのじーじ。もっとお話を。。。むにゃむにゃ」
彦左衛門「そうですな。つぎのお話は・・・・」
???「スヤスヤ・・・」
彦左衛門「おや、竹千代さま、寝てしまわれたか」
 
彦左衛門が話を読み聞かせている相手は徳川秀忠の子、竹千代。
後の徳川家光である。
 
徳川家により天下統一はなった。

彦左衛門ら徳川家臣団と徳川家の活躍を描いた物語は「三河物語」という名で歴史に残ることになる。

彦左衛門は徳川のご意見番として、将軍に頑固爺と疎まれながらも重用され続けた。

彦左衛門は竹千代の寝顔を見ながら呟いた
「天下は、一人のものではない、皆のもの。。。か」

竹千代の寝顔は徳川政権の安定を象徴しているかのようであった。

大久保彦左衛門著 三河物語・改 完結

No.841:【天下一統の巻3】 6国:大久保彦左衛門 15/02/23/月 19:19:13
黒田勢7万7千の前に進軍を停止する連合軍。
 
ただし、連合軍にはもう一つ問題があった。
それは、誰が天下を統一するのかこの期に及んでも決まっていなかったのである。
 
統一候補であった小早川隆景は本陣が陥落したことにより断念。
連合のまとめ役、井伊直政も同様。
 
連合側の独立国は
4国服部、6国大久保、13国徳川、45国明智
この4国の中から統一盟主を選ばなければならないことになる。

このうち、服部と明智は盟主を辞退。
正統派として13国徳川と
あろうことかイロモノの大久保が盟主候補として残るという異常事態になった。
 
国政「どさくさに紛れて下克上した甲斐があった」
忠政「まさか、我らが最後の統一盟主候補になるとは」
国政「しかし、我らがしゃしゃりでては天下を簒奪したといわれかねぬ」
忠政「確かに」
国政「ここは徳川殿に潔く身を引いていただこう」
忠政「引いてくれるでしょうか」
国政「徳川殿は今回の合戦でやらかしておる。大丈夫じゃ。徳川殿に身を引いてもらえるよう仕向けよう」

★連合会議★

連合諸侯A「・・・ということで、統一盟主は大久保殿か徳川殿かということになるが」
連合諸侯B「ここは大久保殿がよいのではないか?」
連合諸侯C「うむ。大久保殿さえよければと思う」
連合諸侯D「大久保殿、いかがであろう?」

国政(しめしめ。しかし、ここで欲を出してはだめじゃ)
 
国政「あーおほん。徳川殿。統一をするということは盟主会見をしっかりと行うことですぞ。
貴殿にその不安があるのであればワシが統一しようと思うが」

忠政(・・・露骨な脅迫でござる)

徳川秀忠「ワシが統一する」
国政「え」
忠政「」
連合諸侯一同「」

国政「え、あの。その。秀忠様がそういわれるのであれば・・・」
連合諸侯一同「大久保殿がそれでよければ盟主は徳川殿で決まりだな」

忠政(。。。父上は最後の最後でやらかしたでござる。父上らしいでござる。だが、これでよいのかもしれぬ)

こうして、統一盟主は決まった。
 
国政「まだじゃ!統一できると決まったわけでは・・・」
忠政「父上、見苦しいでござる」
国政「黒田殿には大兵力がおる、我が方の保有兵力では・・・・」

帰蝶「遅くなってごめん!兵力満タン!行動力満タンできちょう参上!」

国政「」
忠政(絵に描いたようなダメっぷりでござる)

《戦争-勝- 42:少弐冬尚軍 29:黒田 官兵衛軍 15/02/23/月 03:32:18》
(兵:43340、訓:100 兵:16737、訓:100) -> (兵:36532 兵:0)

《現地徴兵 48:島津義弘領 > 1:織田帰蝶 領 15/02/23/月 03:32:15》
(金:10000 > 兵:24613、訓:89) -> (兵:32423、訓:75)

《戦争-分- 1:織田帰蝶 軍 29:黒田 官兵衛軍 15/02/23/月 03:32:14》
(兵:45015、訓:89 兵:37810、訓:100) -> (兵:24613 兵:16737)


国政「あああああ ワシの天下が・・・・」
忠政「徳川殿は確かに散々やらかしましたが、大一番での判断は誤らなかったでござる。その差でござる」

井伊直政「・・・・自業自得じゃ。諦めよ」
帰蝶「なんていうか、本当に最後までバカよねぇ」
服部半蔵「らしいといえばらしいでござる ニンニン」

こうして徳川秀忠の天下となった。
合戦ぎらいの徳川秀忠は全国に惣無事令を発し戦国乱世に平和が訪れた。

つづく

No.840:【天下一統の巻2】 6国:大久保彦左衛門 15/02/23/月 18:40:53
徳川秀忠「どうやっても下克上できないではないか!」
井伊直政「良いですか秀忠さま、指揮する兵の数はいくつになっておりますか?」
徳川秀忠「全軍に決まっておろう!」
井伊直政「いや、全軍ではなくて、数値はいくつかと」
徳川秀忠「だから!」
井伊直政「いや、ですから・・・」

大合戦の最中だというのに井伊直政は秀忠にひたすら軍略指南をしていた。
(※ほとんど実話です)
 
井伊直政が頭をかかえているころ各地では・・・

★中国★ 
《戦争-勝- 42:少弐冬尚軍 39:結城弥平次軍 15/02/23/月 00:18:32》
(兵:43340、訓:100 兵:0、訓:98) -> (兵: 兵:0)

結城ジョルジュ「黒田様。これまでのようです。お許しくだされ」

足軽「結城弥平次、討ち取ったり!!」 
少弐「・・・・!」
直江山城「ばかな・・・」
直江山城「じょ、ジョアン様だけでもお救いしろッ」
直山山城「殿。夢・・破れました・・・無念です・・・」
 
★九州★
明智光秀「なぜワシらはいがみ合っているのだ」
長宗我部盛親「うるさい、黙れ覚悟!」
明智光秀「また酔っているのか?」
長宗我部盛親「ああそうだ。ただし自分にな!」
 
《下克上-勝- 45:明智光秀軍 38:長宗我部盛親軍 15/02/23/月 00:20:56》
(兵:35160、訓:100 兵:28764、訓:90) -> (兵:21106 兵:0)

明智光秀「酔いも覚めたか?」
長宗我部盛親「覚めた。これ以上酔っ払いが出ないように寺子屋を開く!」

★徳川本陣★
井伊直政「いいですか、指揮するの兵の数を指示して・・・」

《下克上-勝- 13:徳川秀忠軍 5:井伊直政軍 15/02/23/月 00:22:34》
(兵:32280、訓:95 兵:4363、訓:100) -> (兵:29795 兵:0)

井伊直政「おお!秀忠さま!」
徳川秀忠「すまぬ。直政。ワシの戦下手のせいで・・・」
井伊直政「誰も気にしておりませぬ。誰しも得手不得手がござる。」
徳川秀忠「戦はもう嫌じゃ。」
井伊直政「・・・秀忠様?」
徳川秀忠「直政、ワシはきめたぞ。戦は嫌だから戦の無い世を作る!」

★能勢本陣★
能勢「さすがに行動の限界点か・・・」
豪姫「頼次さま!ここは撤退を」
能勢「あと一歩、あと一歩・・・」

明智光秀「能勢殿、お覚悟めされよ!」

《水軍-分- 45:明智光秀軍 27:能勢摂津守頼次軍 15/02/23/月 00:23:12》
(兵:43124、訓:100 兵:38147、訓:83) -> (兵:13566 兵:24771)

能勢「くッ・・・・」
豪姫「頼次さまは私が守ります!馬廻りを集めて!生存戦略です!!」
《現地徴兵 11:豪姫領 > 27:能勢摂津守頼次領 15/02/23/月 00:23:34》
(金:10000 > 兵:30482、訓:86) -> (兵:37574、訓:76)

《他国治療 19:小島弥太郎領 > 27:能勢摂津守頼次領 15/02/23/月 00:23:19》
(兵:24771、訓:83、負傷兵:5711) -> (兵:30482、訓:86、負傷兵:0)

九鬼・細川「我ら四天王を忘れてしまっては困るぞ!」

《他国治療 23:九鬼 嘉隆領 > 27:能勢摂津守頼次領 15/02/23/月 00:24:35》
(兵:14142、訓:80、負傷兵:8889) -> (兵:23031、訓:87、負傷兵:0)

《他国治療 25:細川幽斎領 > 27:能勢摂津守頼次領 15/02/23/月 00:24:29》
(兵:11672、訓:76、負傷兵:11359) -> (兵:14142、訓:80、負傷兵:8889)

滝川一益「ええい、小賢しい!数を頼りに押し潰せ!」

《水軍-勝- 41:滝川 一益軍 27:能勢摂津守頼次軍 15/02/23/月 00:24:49》
(兵:40000、訓:100 兵:23031、訓:87) -> (兵:34806 兵:0)

能勢「こ、ここまで・・なのか・・・?」
能勢「天下は・・・みなの・・・」

???「能勢殿。諦めるな」

《下克上-勝- 29:黒田 官兵衛軍 27:能勢摂津守頼次軍 15/02/23/月 00:25:15》
(兵:62101、訓:100 兵:0、訓:87) -> (兵: 兵:0)

《他国治療 29:黒田 官兵衛領 > 27:能勢摂津守頼次領 15/02/23/月 00:27:11》
(兵:0、訓:87、負傷兵:11382) -> (兵:11382、訓:100、負傷兵:0)

井伊直政「く、クロカンか。」
明智光秀「黒田殿は動乱の世界に誰もいなくなるまで独立国を続けると宣言しておる」
服部半蔵「仙人のような人でござるな。ニンニン」
小早川隆景「いくらなんでも、あの兵力は簡単には落とせぬ」

連合軍が呆気にとられていると・・・
 
道鬼「四天王筆頭の意地。今こそ見せるときのようですの」

《戦争-勝- 22:道鬼軍 5:井伊直政軍 15/02/23/月 00:45:36》
(兵:63、訓:100 兵:0、訓:100) -> (兵: 兵:0)

《戦争-勝- 22:道鬼軍 7:小早川隆景軍 15/02/23/月 00:45:27》
(兵:63、訓:100 兵:0、訓:100) -> (兵: 兵:0)

《戦争-勝- 22:道鬼軍 10:松平元康軍 15/02/23/月 00:45:24》
(兵:63、訓:100 兵:0、訓:61) -> (兵: 兵:0)

道鬼「能勢殿。再起を!!」
明智光秀「兵63で突っ込んでくるとは。。。天晴れ」
 
このタイミングで黒田勢77180。
 
連合軍の進撃はとまるかに見えた。

つづく。

No.839:【おもしろすぎ・・・】 11国:豪姫 15/02/23/月 16:46:02
秀忠様おもしろすぎ〜
おなかがよじれる(笑

No.838:【天下一統の巻1】 6国:大久保彦左衛門 15/02/23/月 16:10:41
最終決戦。勇と勇が奮い立ち、剛と剛がぶつかりあう。

足軽A「我は細川様の家臣のそのまた家臣の権兵衛なり!いざ勝負!!」
足軽B「うるさい、ばかやろう!お前なんか相手にしてられるか!」
足軽C「ひぃぃいやだぁぁ オラ村に帰って牛飼うだ」

わーわー

伝令「申し上げますッ真田信之さまの軍勢!突破されました」
 
ひこにゃん「ええぃ!押し返すにゃん!」
 
伝令「だめですッ能勢勢、鬼神の如き動き!一丸となって突っ込んできますッ」
 
井伊直政「赤備え!押し返せッ」
服部半蔵「敵は最後の足掻きだ!ここを守りきれば我らが勝利だ!」
織田信雄「う、うろたえるなぁ おろろろ」
 
伝令「か、春日山城、突破されましたぁ!」 
 
小早川隆景「小早川水軍の意地を見せるときはいまぞ」
能勢摂津守「目指すは本陣、狙うは小早川の首ひとつ、つづけ!」
 
《水軍-分- 27:能勢摂津守頼次軍 7:小早川隆景軍 15/02/23/月 00:16:56》
(兵:61026、訓:72 兵:57770、訓:77) -> (兵:35064 兵:30016)
 
能勢摂津守「いけぃ!」
小早川隆景「させるかッ」
 
井伊直政「槍隊は槍衾を組めッ本陣をやらせるなッ」
 
《水軍-分- 27:能勢摂津守頼次軍 7:小早川隆景軍 15/02/23/月 00:16:59》
(兵:47754、訓:79 兵:30016、訓:77) -> (兵:31417 兵:1700)

小早川本陣「ふ、踏みとどまれ!殿ッ水軍で脱出を」
小早川隆景「ならぬ、ワシが逃げ出せば連合は崩壊する!」

能勢摂津守頼次「その首!そして天下貰い受ける」

《水軍-勝- 27:能勢摂津守頼次軍 7:小早川隆景軍 15/02/23/月 00:17:02》
(兵:31417、訓:79 兵:1700、訓:77) -> (兵:29875 兵:0)

ひこにゃん「む、むねん・・・」
能勢摂津守頼次「これで天下は私の・・・」

連合軍「あれ?」
畿内軍「どうして終わらないのだ」
中国軍「????」

〜九州〜

少弐「・・・・・」

《下克上-勝- 42:少弐冬尚軍 48:島津義弘軍 15/02/23/月 00:17:01》
(兵:59170、訓:100 兵:20000、訓:100) -> (兵:48549 兵:0)

 
伝令「申し上げますッ小早川本陣壊滅の1秒前に少弐殿が九州で兵をあげました!」
 
伝令「そのまま長宗我部盛親勢と戦闘に入った模様」
伝令「少弐殿は長く持たないやもしれませぬ」
 
井伊直政「よし、いまのうちに本陣を立て直すぞ。秀忠さまに後詰をお願い致せ」

徳川秀忠「井伊殿がじゃまで前進できんぞ」

《下克上-負- 13:徳川秀忠軍 5:井伊直政軍 15/02/23/月 00:18:04》
(兵:3280、訓:95 兵:7298、訓:100) -> (兵:0 兵:6853)

井伊直政「秀忠さま、おちついてくだされ」
伝令「大久保隊、前進してきますッ」
 
《下克上-勝- 6:大久保彦左衛門軍 7:小早川隆景軍 15/02/23/月 00:18:18》
(兵:35000、訓:95 兵:20000、訓:100) -> (兵:24493 兵:0)

国政「はははは井伊直政よ!この時をまっていたぞ!」
忠政「このバカ親父、本当にやりやがったでござる」
井伊直政「どさくさに紛れて何をやっているのだ。ええぃ!秀忠さまの本隊はまだかッ!?」

《下克上-負- 13:徳川秀忠軍 5:井伊直政軍 15/02/23/月 00:19:56》
(兵:3280、訓:95 兵:6853、訓:100) -> (兵:0 兵:6452)

服部半蔵「秀忠さま。お、おちついてくだされ」

《下克上-負- 13:徳川秀忠軍 5:井伊直政軍 15/02/23/月 00:20:30》
(兵:3280、訓:95 兵:6452、訓:100) -> (兵:0 兵:4363)

織田信雄「ひ、秀忠殿。兵の桁が・・・」
徳川秀忠「なぜ前進できないのだ!下克上に失敗するのはなんで?」

連合軍一同「ひ・で・た・だ・さ・ま!」

つづく

No.837:【徳川殿おめでとう!】 48国:島津義弘 15/02/23/月 12:48:29
統一会見、自信がないと言ってたのに立派な会見、お見事!
ただ・・・・・。
46国立花殿、居た記憶がとんとありませぬw
昨年から更新すらしてないような・・。

私も夜に刻振り返り感想書こうかな。。

No.836:【戦国動乱 子の刻最終 統一会見 各論】 13国:徳川秀忠 15/02/23/月 12:04:42
盟主になるからには、「統一会見をちゃんとやること」というお話があったので非常にプレッシャーを感じています。


各論では、私とお付き合いのあった諸侯を中心に軽くお話ししたいと思います。

1国 織田帰蝶殿 
刻 中途から織田姓を名乗りましたね。織田一族で計略でもと別腹を注視していました。

私の乱心を「色物」扱いしてくれてありがとうございます。
あの 一言で各諸侯の気が緩んだ感じです。リアルサッカーネタは好きなんですけどね。

潔い 貴殿の態度に好感大でした。最後の夜に話せて良かった。
もし、再会の場があれば私がパスを受けますw

4国 服部半蔵殿
井伊殿 以上に口数が少なく難儀しましたぞ。軍議でも無口は変わりませんが、的を得た提案等に驚嘆するばかりでした。

あの 軍略眼はどうして養ったのか?
貴殿ともう少し 話込みたかったです。

5国 井伊直政殿
お父さ〜んw 何時の間にやら 親子関係の絆を結んでいましたね。軍事行動の指南とても助かりましたが、出来の悪い息子でごめんなさい。

刻 序盤は、煩い親父だなぁと思っていましたが、軍議が開催されてからの 政務・軍務・統括として圧倒されました。
本当にお世話になりました。

最後の2人だけのIRCは忘れません。

6国 大久保彦左衛門殿
会見の華!大久保殿!貴殿の会見は、本当に楽しみでした。
引出の多さに驚嘆です。


最後の軍議では、キャラを壊してまでも 進行役を買ってでたのに感謝でいっぱいです。
最後に盟主選任の2国となりましたが、貴殿の「やりたいか!」の一声で喝が入りました。


私ごときにお譲り下さり感謝申し上げます。
統一会見 家臣団代表の部を設けますので大いに盛り上げて下さいませ。

7国 小早川隆景殿
貴殿が東国盟主になっていた時代がありましたよね。
私が、寝落ちしたのかな?
経緯がわからなかったんだけど、貴殿へ係るプレッシャーは十分感じる事が出来ました。


昨夜の貴殿が発した「絶賛 混乱中」こんなにも思案するものなのか?
指示待ちの私とは違うと、貴殿の姿勢に学ばさせて頂きました。ありがとうございます。


10国 松平元康殿
リアルの理由による、中途離脱は残念なれど貴殿と係った充実した日々を私は忘れない。
最後の最後に入城してくれて本当にありがとう。

14国 真田信之殿
連合成立後、何時も 真田殿が居てくれればなぁと貴重な存在でした。

自分の仕事終了後、即落ち 気持ちの良い作戦要員だと感じていました。

11国 豪姫殿
貴女とは、非常に縁深く過ごさせて頂きました。自由を求め奔放に生きる貴女に敬愛の念を持っていました。

文武両道。キャラでもPLでも惚れてしまいましたよ。

16国 織田信雄殿
貴殿は、統一盟主の第一候補だったんですよ。知ってました?

27国 能勢殿
何度 倒しても 這い上がる力は、お見事でした。
又、復活するんじゃないかと怖かったです。
個人的には、戦争布告の文面がおしゃれじゃないなと思っています。今でもね。

41国 滝川殿
何時も 早めに軍議場に居て警戒行動に従事する御姿誠実さを感じました。
私と同じ 縁の下の心根をお持ちと思っていました。

43国 大友宗麟殿
自ら進んで、後方支援・戦後処理で動ける力を尊敬していました。
私が目指す戦争時の貢献は、貴殿の御姿でした。

44国 浅井長政殿
確実に陣立ての中枢で軍務を何気ない顔で行使する御姿に惚れ惚れしていました。
繋ぎの出来ない私には憧れでした。

45国 明智光秀殿
どのようにしたら、このような大局観・地域戦等軍略が思い浮かぶのか信じられないと共に到底 私には就いていけない世界をお持ちの まれにみる 軍師殿でした。


刻 中途 体調を崩され 非常に心配しましたが 刻における執念には驚嘆しました。
明智殿から 直轄軍事指令を受け2人の秘密で実行・成功できたのは1番の軍事面での思い出です(もう、時効ですよね)

素晴らしい采配を見せて頂きありがとうございました。

46国 立花宗茂殿
陣営で陣立て中、明智殿が呼びかけても返事なく「あっ ぼっーとしてた おk」
あれ 凄く覚えていますw 肝っ玉のでかい人だなぁ〜。
個性あふれるメンバーの象徴だったと思いますよ。

48国 島津義弘殿
東国の井伊殿と共に西の島津殿 非常に頼もしい御仁でした。
御二方 どちらが欠けても連合の統一は無かったでしょう。


リアルの関係で不在の時も、ちゃんとフォロー(課題)を与えて頂き動きやすくありました。島津殿の言うことなら・・・井伊殿の言う事なら・・・
非常に重みのある発言ばかりでした。最後に私を押してくれて感謝に堪えません。

★徒然なるままに思ひ事を書ひて参りました。
東西陣営メンバー中心の御挨拶になりましたが、書けなかったのは私の外交不足です。
誠に申し訳ありません。


又、連合メンバーへ対する思いも 私の独断です。不愉快な思いをさせたら申し訳ございません。

よく 戦は ラグビーに例えられますが 65ターンも粘れたのも 機内・中国と素晴らしい相手に恵まれたからにございます。
ノーサイドです★


今刻参加された諸侯の皆様・陣営の方々本当にお疲れ様でした。
動乱は、今刻を持って終了となりますが 皆様のリアル動乱を心から応援致します。

筆を置くのも寂しい気が致します。

気を取り直して この後は 統一会見 家臣団 代表 大久保殿の会見にご期待下さいませ。


末尾ながら、17年余 動乱を管理して頂いたGMさん・刻事に参加された全ての皆様に感謝の念を込めて動乱 最後の統一会見と致します。


ありがとうございました。

徳川秀忠

No.835:【戦国動乱 子の刻最終 統一会見 総論】 13国:徳川秀忠 15/02/23/月 11:54:44
一筆啓上奉り候。


な〜んて 戦国言葉を使用していると何時終わるのか解りません。


又、サーバーレンタル時間の関係も管理側に御ありかと思います。


下手な受け狙い無しで、淡淡と短く会見を進めていく所存です。


しかし、そこは 最後の「動乱」多少長引く事をお許しくださいませ。

私の動乱デビューは、2005年。丁度10年になります。
こんな事書くと、陣営諸侯から「そんな腕しかないのか?」と叱責を受けそうですが本当です。


戦争が苦手で、精々地域盟主を2〜3度経験した事があるのみです。リアル 夜間活動が出来ない事で統一・盟主の座に執着心は持っておりませなんだ。

しかし、今刻がラスト!狙ってみるかと願掛けをして挑んだのです。

♪BGM 「制服」松田聖子 ♪

●東国時代

13国を治める事になった 私は、早速、近隣外交を開始しました。


11国お通殿とは、恋を感じるようなリズミカルな会話を楽しみ、


10国元康殿とは、将来の夢・今刻の歩み方等政務・軍事レベルまで話し込み三国同盟を締結し東国の基礎は安泰となったのです。


その時、私は表に出るのは 元康殿 私は最後まで元康殿に就いていくと決心し東国掲示板管理人に挙手し裏方に回る事を誓ったのです。


しかし、それからが難しかった。
いくら勧誘・掲示板にお誘いしても7国小早川殿・14・15真田殿から音沙汰無く途方にくれる日々でした。

♪BGM 「卒業」尾崎豊 ♪

●東日本時代

そんな事態を打破しようと、三国掲示板(10・11・13)あったのです本当に。で会談を重ね奥州勢に接触し東日本勢力を結集させようと呼びかけました。

いやはや 之が 難儀な事案でした。奥州勢は、我ら東国勢が機内の壁になっていることもあり、平和ボケの真最中か?隣接陣営より他国との外交に根をつめているのか?等々外部からは、覗けない不思議な奥州陣営でした。

元康殿・私が根気よく奥州勢に呼びかけ なんとか掲示板に訪問して頂けることになりましたが。。。


何時ものパターンだと、ある程度地域の諸侯が集まれば 地域盟主を選任し今後の方針等を画策していくのですが、東日本は之ができませんでした。


元康殿が立候補し 私が選挙管理委員を務めたのですが、賛成・辞退・保留と保留組みが奥州を中心に続出。結局、流れました。

その辺りから、三国掲示板におけるお通殿の奥州口撃が激しくなり分裂の恐れを感じ始めたのです。
奥州を中心とした、保留組みの言い分は「刻の流れに任せて自然にできるもの」でした。


私には、全く理解できません。
自由・楽しさを今刻に求めていた、お通殿にはこのような政務的やり取りに辟易していたのでしょう。自己の楽地を求めて機内へと旅立ちました。


個人的に何の恨みも無かっただけに、非常に寂しかったです。


♪BGM 「さくら」(独唱)森山直太朗 ♪

●乱心

私にとって 乱心を忘れることは出来ません。
そんな 東日本停滞ムードの中 機内勢は着々と北上してきます。

焦りに自己を見失っていた私は、乱心し「織田信長」と改名。
東日本に君臨するは我なりと、独裁政権を立ち上げに突走しりました。

冷静になると なんて馬鹿なことをと思うのですが、一度振り上げた刀を納める事ができません。


そんな私に手を差し伸べてくれたのが、元康殿・井伊殿でした。
掲示板上で各諸侯に謝罪し 案外皆軽く受け止めてくれました。
「あぁぁ 之が自然に纏まる事か」と腑に落ちたのです。




♪BGM 「栄光の架け橋」ゆず ♪

●東西同盟

東日本で盟主が決まらず内部でウダウダしている間に、遂に機内の雄 能勢殿から優しい言葉で最後通牒が来ました。


情けでお通殿から実力行使を2日延長してもらうという、温情を頂いたにも関わらず東国は一気に機内に飲み込まれました。

もう奥州頼みしかありません。私は、東日本以外に外交チャンネルを持っていません。
そこで救世主になったのが、幅広くチャンネルを持つ4国服部殿・5国井伊殿でした。


東の危機は、西の危機と声をあげてくれたのが48国島津殿・45国明智殿でした。早速、軍議チャンネルが開かれ這い上がる光明を見出したのです。

♪BGM 「ベストフレンド」kiroro ♪

●三国史

東西連合が成立すると、掲示板管理人の私は嬉しい悲鳴をあげっぱなしです。
開放し・開放の書簡を送り諸侯が掲示板で挨拶する。出会いの場の提供。
この立ち位置こそ 私が望んでいたものです。


東西・機内・中国と三色に全国が色分けされ、局地戦から盆返し戦まで日々活発な軍議とともに戦が行われました。


連合は、正式な盟主無くとも 纏め役を筆頭に政務・軍務・実行部隊等自然に役割が分担される理想的な諸侯と巡り合った事に感激しました。


そんな メンバーでも100ターン問題・盟主選出問題では個々の思いが強く出て中々纏まりません。
しかし、九州が落とされた時 島津殿から「100ターンに拘らず統一を!」


この一声で連合内の士気は、更に高まりました。





♪BGM 「贈る言葉」海援隊 ♪

●全国 統一盟主へ

私の軍議場での立場は、散々たるものでした。
軍師の陣立て通りに動けない。


現地の国ミス。送金の金額ミス。
昨晩、正念場での下剋上入力ミス2回。


何故か 懐のでかい 多くの諸侯は 私の事を癒し系だと可愛がってくれました。

この、言葉にどんなに助けられたことか計り知れません。

そんな我が国が、最後の独立国2カ国に残りました。
各諸侯が、秀忠殿 盟主になりたいか?問うて参ります。


動乱17年余の歴史の最後に私ごときが名を残しても良いのか?
心中考えましたが、初念に戻り 元康殿との約定を守り「我らで天下を!」
を第一にして挙手したのです。

それから 皆に担がれ 軍議施しを受けなんとか盟主の座に収まりました。


軍議ログを見ても理解できず、皆に祝福されて実感した次第です。
写メで記録に残し、皆の祝い・お話を眺めながら二筋の涙を流しました。


こんなに 戦争の出来ない 盟主も動乱史上初でしょう。


史実と共に 300猶予年の徳川幕府を立ち上げました。
動乱の幕引きには、相応しい展開だったかもしれないと自負しております。

私の解釈不足で不満をお持ちの諸侯がいらっしゃいましたら申し訳ありません。

長文・駄文・長々とお目を汚し失礼致しました。
しかしながら、戦国動乱 子の刻最終 統一会見 各論に続きます。


もうしばらく、お付き合い下さいませ。

徳川秀忠

No.834:【夢幻】 29国:黒田 官兵衛 15/02/23/月 08:40:26
統一おめでとうございます

明智殿は水明さんですよねー
バレバレでした笑

No.833:【おめでとうございます】 11国:豪姫 15/02/23/月 08:21:35
統一されてる・・・。

動乱ロス始まりました。

まさか元北条様が統一されるとは^^

なんだかうれしいです。

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戦国動乱 外交会見(Ver 3.2)
管理者:ふぁすと